
Virtusize データサイエンス部門責任者アーロン・リッチーとの対談
人工知能(AI)はあらゆる業界に変革をもたらしていますが、ファッションEコマースにおいては特に重要な意味を持ちます。書籍や家電と違い、衣類には「フィット感」「着心地」「スタイルへの適合」といった繊細な要素が求められます。これらを正確に提供できるかどうかが、リピーターの獲得と返品コストの差につながるのです。
今回は、Virtusizeのデータサイエンス責任者であるアーロン・リッチーに、AIがファッション業界にもたらす変化や、Eコマース事業者にとっての最大のチャンスと落とし穴についてインタビューしました。
EコマースにおけるAIの台頭
Q:AIの進化は、Eコマース全体にどのような影響を与えていると思いますか?
アーロン: EコマースにおけるAIの進化は、他業界と同様の流れを辿っています。初期の段階では、需要予測や倉庫の最適化、人員配置の効率化など、オペレーションに特化した機械学習が主でした。こうしたモデルにより、企業はより精度の高い計画が立てられるようになり、コスト削減や非効率の発見が可能になりました。
最近ではChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)の登場により、状況が大きく変わっています。予測だけでなく、人と対話し、文章を生成し、思考を模倣するようなツールが登場したことで、業務自動化やパーソナライズされたマーケティングコピーの生成など、新たな可能性が一気に広がりました。
ただし、LLMは「汎用性が高い反面、専門性に欠ける」のが課題です。いわば万能ナイフのようなもので、何でもできるけど、何かに特化させるには追加のインフラが必要です。そのインフラはコストもかかりますし、ノウハウも時間も必要です。
つまり、企業が考えるべきは「AIを導入すべきか」ではなく、「どこでAIが本当に価値を発揮するのか、そして自社にどう最適化するか」だと思います。
ファッションEコマースにおけるチャンス
Q:ファッションEコマースにおいて、AIが最も力を発揮できるのはどこでしょうか?
アーロン: ファッションEコマースには、実店舗とオンラインの体験のギャップを埋めるという特有の課題があります。実店舗なら、Tシャツを手に取り、試着して、自信を持って購入を決断できます。でもオンラインではその体験がないため、返品が多くなり、購入を躊躇するユーザーも多い。
そこで登場するのが、私たちVirtusizeのようなデジタル試着ソリューションです。ただし、それだけでは終わりではありません。消費者一人ひとりに合った「パーソナライズ」が鍵になります。
適切なAIモデルがあれば、単なる「Mサイズです」ではなく、「このシャツは肩はややフィット感があり、胸周りはゆとりがあります」といった具体的なフィードバックが可能になります。こうしたインサイトが、ユーザーの購買への自信を高め、実店舗に近いショッピング体験を実現するのです。
汎用AIツールでも、黒いジーンズを買った人に黒系の商品をおすすめするといった簡単なパーソナライズはできます。でもファッションはもっと繊細です。汎用AIを無理やり適用すると、処理コストはかかるし、精度も安定せず、結果的に的外れな提案になりがちです。
リアルな購買データとユーザーの好みに基づいたファッション特化型モデルこそが、最大の価値を生み出す場所です。
試着の先にあるパーソナライズと顧客体験
Q:フィッティング以外で、AIはファッションEコマースにどう活用できるでしょうか?
アーロン: パーソナライズには、まだ大きな伸びしろがあります。現在、多くのブランドは自社サイト内での顧客行動しか把握できていません。でも消費者はブランドの垣根を越えてショッピングしますよね。ジャケットはA社、シャツはB社、ジーンズはC社…といった具合に。
実店舗では、優れた販売員がそのコンテクストを理解して接客します。ジャケットを3着持っているお客さんに、さらにジャケットをすすめることはしません。代わりにパンツやインナーを提案します。オンラインではこの“文脈”が抜け落ちてしまっているのです。
AIは、まさにそのギャップを埋めるための鍵になります。
異なるサイトをまたいだ購買行動や好みを推測するツール。たとえば、ボタン付きシャツが好きな顧客には、それをトップに表示する仕組み。特定の色やシルエットに対する好みを検出して、それに合わせた商品ラインアップを提案するなど。
現在は一部のブランドがチャットボットや簡易的なレコメンドを試していますが、本格的に外部データまで取り込んでいる企業はほとんどありません。プライバシーの問題もありますが、それ以上に技術的なハードルが高いのが現状です。
とはいえ、将来的にはこうした“横断的・文脈的なパーソナライズ”が主流になっていくと確信しています。
内部効率化:地味だがインパクトの大きいAI活用領域
Q:顧客体験以外で、Eコマース事業者にとってAIが貢献できる内部活用の領域はありますか?
アーロン: 実は、最もビジネスインパクトが大きいのは内部効率化かもしれません。需要予測はその代表例です。たとえば、東京とロンドンで何枚のTシャツを用意すべきかを正確に予測できれば、在庫切れも余剰在庫も避けられます。これは非常に大きなコスト削減につながります。
他にも物流のルート最適化や、スタッフのシフト管理といった分野でAIは大いに役立ちます。CRMの分野でも、AIが顧客データの中から人間には気づきにくいパターンを見つけ出してくれます。
ただ、こうした活用例はあまり話題になりません。人々はチャットボットや派手なLLMに注目しがちですが、ROI(投資対効果)で見れば、社内システムの最適化も同じくらい、あるいはそれ以上に重要です。
顧客向けのAIばかりに目を向け、社内の効率化を後回しにしてしまうと、AIの本来の価値を半分しか引き出せていないことになります。
データの壁
Q:AIに興味はあるが「データが整っていない」と感じている企業も多いと思います。どのように考えるべきでしょうか?
アーロン: データは全ての基盤です。クリーンで一元化され、信頼できるデータがなければ、AIはうまく機能しません。AIは家具やインテリアのようなもの。家の基礎がしっかりしていなければ、いくら装飾しても崩れてしまいます。
多くの企業は、データの整備をしないままAI導入に進んでしまいがちです。システムがバラバラで、重複データがあったり、古いDBを使っていたりするケースも多い。その結果、AIが期待通りに機能せず、コストだけがかかってしまうのです。
まず自問すべきは、「自社には信頼できる“唯一のデータソース”があるか?」「そのデータはクリーンか?」「すぐにアクセスできるか?」という点です。
答えがNOなら、AI導入よりもまずデータ基盤の整備を優先すべきです。
一部の企業にとっては、既にクリーンで大規模なデータセットを持つ外部パートナーと連携するのが近道になります。Virtusizeでは、過去何年にもわたり、数百ブランドの購入・フィッティングデータを蓄積してきました。それにより、精度の高い、拡張性のあるモデルを構築できるようになっています。ゼロから始める企業がこれを再現するには、相当な年月がかかるでしょう。
Virtusizeの最新AI開発について
Q:現在、VirtusizeではAIや機械学習においてどのような開発に注力していますか?
アーロン: 私たちが目指しているのは、「オンラインショッピングを、可能な限り実店舗に近づけること」です。これまでもサイズレコメンド機能は提供してきましたが、もっと深いレベルでの体験を目指しています。
例えば、単に「あなたはMサイズです」と表示するだけでなく、「このシャツは肩が少しタイトで、胸元はゆったりしています」といった、より具体的なフィット感を可視化できるようになりました。まるで実際に試着して、「これ、ちょうどいい」と感じるような体験を再現することがゴールです。
最近では、機械学習を活用して、体型データとフィット感の好みを両立させる新しいフィット・ロジックを導入しました。従来のモデルでも体型データを元にしたレコメンドはある程度できていましたが、今回のアップデートでは長年の購買データを学習させることで、「良いフィット感」とは何かを理解できるようにしました。カテゴリやブランド、スタイルによって「良いフィット感」は異なるため、実際の購買行動や着用感に即した、より柔軟でリアルなアプローチとなっています。
その結果、A/Bテストではサイズレコメンドの精度が25〜40%向上しました。これは、より多くのユーザーが自信を持って購入でき、返品も減るという意味で、大きな前進です。
そして何より、こうした成果はすべて「しっかりしたデータ基盤」があったからこそ実現できたものです。
Eコマース担当者へのアドバイス
Q:AI導入を検討しているEコマース担当者に向けて、実践的なアドバイスはありますか?
アーロン: まず、「AIがすべてを解決してくれる」という幻想は捨てること。AIはあくまでツールです。最初にやるべきは、「自社が抱えている課題は何か」を明確にすることです。
返品率が高いなら、フィッティングソリューションを検討する。在庫過多や欠品が課題なら、需要予測モデルを検討する。エンゲージメントが低いなら、パーソナライズの強化が必要です。
次に「自社で構築するか、外部と連携するか」の判断です。自社開発は、専任チームと長期投資が前提になります。多くの企業にとっては、すでに実績とデータを持つパートナーと協力する方が現実的でしょう。
また、導入効果を測るための「成功指標(KPI)」を明確に設定することも重要です。単に「AIを導入した」では不十分で、「返品率が10%減少したか?」「コンバージョンが5%向上したか?」「スタッフの作業時間が週何時間削減されたか?」といった具体的な数値で評価すべきです。
最後に、「懐疑的でありながら、好奇心を持つこと」です。AI業界には誇大なマーケティングも多いです。「すべてを解決できる」と謳う製品は、たいてい現実的ではありません。本当に良いパートナーは、制限やトレードオフを正直に説明してくれます。
今後への期待
Q:ファッションEコマースにおけるAIの未来について、どんなことに期待していますか?
アーロン: 一番ワクワクするのは、「まだ見えていない未来」です。毎週のように新しい技術やアーキテクチャが登場し、その中のいくつかはブームで終わりますが、中には大きな転換点となる技術もあります。
ファッション小売は、ようやく十分なデータが蓄積された業界になりました。これにより、他業界からの知見を応用するフェーズに入っています。たとえば、物流業界の予測手法や、メディア業界のパーソナライズ戦略など。
今こそ、こうしたアイデアをファッション業界に合わせて実用化できるフェーズです。大事なのは、見た目の派手さではなく、実際の課題をどれだけ解決できるか。返品削減、コンバージョン向上、購買体験の改善—それらを着実に実現するAIこそ、最も価値があります。
最後に:今すぐ始められるステップ
Eコマース担当者として「AIをどう活用すべきか」迷っているなら、以下の実践ステップから始めてみてください。
1. 課題を棚卸しする
- 返品が課題なら → フィッティングソリューションを検討
- 在庫の最適化が課題なら → 需要予測モデルを活用
- 顧客エンゲージメントが低いなら → パーソナライズを強化
2. データの状態を評価する
- クリーンで一元化されたデータはあるか?
- すぐにアクセス・活用可能か?
→ 整っていないなら、まずはここから着手する
3. 小さく始めて効果測定する
- 1つのユースケースに絞る
- 明確な成果指標を設定(例:返品率10%削減、CVR5%向上など)
4. 構築より購入を優先
- 実績ある外部パートナーと組む方が効果的
- 内製は、長期投資の覚悟がある場合のみ
5. 懐疑的でありながら、柔軟に実験する
- 「何でも解決できる」といった誇大広告は避ける
- 小さく始めて、測定し、成果が出たら拡張
まとめ
AIは万能ではありませんが、非常に強力なツールです。ファッションEコマースにおいては、「パーソナライズ」と「業務効率化」の両輪を、しっかりとしたデータ基盤の上に構築することが成功の鍵となります。
アーロンが語ったように、「小さく始めて、実用的に、そして顧客とビジネスの双方に対して“測れる価値”を届けること」が、AI活用の最善のアプローチです。

Virtusize データサイエンス部門責任者アーロン・リッチーとの対談
人工知能(AI)はあらゆる業界に変革をもたらしていますが、ファッションEコマースにおいては特に重要な意味を持ちます。書籍や家電と違い、衣類には「フィット感」「着心地」「スタイルへの適合」といった繊細な要素が求められます。これらを正確に提供できるかどうかが、リピーターの獲得と返品コストの差につながるのです。
今回は、Virtusizeのデータサイエンス責任者であるアーロン・リッチーに、AIがファッション業界にもたらす変化や、Eコマース事業者にとっての最大のチャンスと落とし穴についてインタビューしました。
EコマースにおけるAIの台頭
Q:AIの進化は、Eコマース全体にどのような影響を与えていると思いますか?
アーロン: EコマースにおけるAIの進化は、他業界と同様の流れを辿っています。初期の段階では、需要予測や倉庫の最適化、人員配置の効率化など、オペレーションに特化した機械学習が主でした。こうしたモデルにより、企業はより精度の高い計画が立てられるようになり、コスト削減や非効率の発見が可能になりました。
最近ではChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)の登場により、状況が大きく変わっています。予測だけでなく、人と対話し、文章を生成し、思考を模倣するようなツールが登場したことで、業務自動化やパーソナライズされたマーケティングコピーの生成など、新たな可能性が一気に広がりました。
ただし、LLMは「汎用性が高い反面、専門性に欠ける」のが課題です。いわば万能ナイフのようなもので、何でもできるけど、何かに特化させるには追加のインフラが必要です。そのインフラはコストもかかりますし、ノウハウも時間も必要です。
つまり、企業が考えるべきは「AIを導入すべきか」ではなく、「どこでAIが本当に価値を発揮するのか、そして自社にどう最適化するか」だと思います。
ファッションEコマースにおけるチャンス
Q:ファッションEコマースにおいて、AIが最も力を発揮できるのはどこでしょうか?
アーロン: ファッションEコマースには、実店舗とオンラインの体験のギャップを埋めるという特有の課題があります。実店舗なら、Tシャツを手に取り、試着して、自信を持って購入を決断できます。でもオンラインではその体験がないため、返品が多くなり、購入を躊躇するユーザーも多い。
そこで登場するのが、私たちVirtusizeのようなデジタル試着ソリューションです。ただし、それだけでは終わりではありません。消費者一人ひとりに合った「パーソナライズ」が鍵になります。
適切なAIモデルがあれば、単なる「Mサイズです」ではなく、「このシャツは肩はややフィット感があり、胸周りはゆとりがあります」といった具体的なフィードバックが可能になります。こうしたインサイトが、ユーザーの購買への自信を高め、実店舗に近いショッピング体験を実現するのです。
汎用AIツールでも、黒いジーンズを買った人に黒系の商品をおすすめするといった簡単なパーソナライズはできます。でもファッションはもっと繊細です。汎用AIを無理やり適用すると、処理コストはかかるし、精度も安定せず、結果的に的外れな提案になりがちです。
リアルな購買データとユーザーの好みに基づいたファッション特化型モデルこそが、最大の価値を生み出す場所です。
試着の先にあるパーソナライズと顧客体験
Q:フィッティング以外で、AIはファッションEコマースにどう活用できるでしょうか?
アーロン: パーソナライズには、まだ大きな伸びしろがあります。現在、多くのブランドは自社サイト内での顧客行動しか把握できていません。でも消費者はブランドの垣根を越えてショッピングしますよね。ジャケットはA社、シャツはB社、ジーンズはC社…といった具合に。
実店舗では、優れた販売員がそのコンテクストを理解して接客します。ジャケットを3着持っているお客さんに、さらにジャケットをすすめることはしません。代わりにパンツやインナーを提案します。オンラインではこの“文脈”が抜け落ちてしまっているのです。
AIは、まさにそのギャップを埋めるための鍵になります。
異なるサイトをまたいだ購買行動や好みを推測するツール。たとえば、ボタン付きシャツが好きな顧客には、それをトップに表示する仕組み。特定の色やシルエットに対する好みを検出して、それに合わせた商品ラインアップを提案するなど。
現在は一部のブランドがチャットボットや簡易的なレコメンドを試していますが、本格的に外部データまで取り込んでいる企業はほとんどありません。プライバシーの問題もありますが、それ以上に技術的なハードルが高いのが現状です。
とはいえ、将来的にはこうした“横断的・文脈的なパーソナライズ”が主流になっていくと確信しています。
内部効率化:地味だがインパクトの大きいAI活用領域
Q:顧客体験以外で、Eコマース事業者にとってAIが貢献できる内部活用の領域はありますか?
アーロン: 実は、最もビジネスインパクトが大きいのは内部効率化かもしれません。需要予測はその代表例です。たとえば、東京とロンドンで何枚のTシャツを用意すべきかを正確に予測できれば、在庫切れも余剰在庫も避けられます。これは非常に大きなコスト削減につながります。
他にも物流のルート最適化や、スタッフのシフト管理といった分野でAIは大いに役立ちます。CRMの分野でも、AIが顧客データの中から人間には気づきにくいパターンを見つけ出してくれます。
ただ、こうした活用例はあまり話題になりません。人々はチャットボットや派手なLLMに注目しがちですが、ROI(投資対効果)で見れば、社内システムの最適化も同じくらい、あるいはそれ以上に重要です。
顧客向けのAIばかりに目を向け、社内の効率化を後回しにしてしまうと、AIの本来の価値を半分しか引き出せていないことになります。
データの壁
Q:AIに興味はあるが「データが整っていない」と感じている企業も多いと思います。どのように考えるべきでしょうか?
アーロン: データは全ての基盤です。クリーンで一元化され、信頼できるデータがなければ、AIはうまく機能しません。AIは家具やインテリアのようなもの。家の基礎がしっかりしていなければ、いくら装飾しても崩れてしまいます。
多くの企業は、データの整備をしないままAI導入に進んでしまいがちです。システムがバラバラで、重複データがあったり、古いDBを使っていたりするケースも多い。その結果、AIが期待通りに機能せず、コストだけがかかってしまうのです。
まず自問すべきは、「自社には信頼できる“唯一のデータソース”があるか?」「そのデータはクリーンか?」「すぐにアクセスできるか?」という点です。
答えがNOなら、AI導入よりもまずデータ基盤の整備を優先すべきです。
一部の企業にとっては、既にクリーンで大規模なデータセットを持つ外部パートナーと連携するのが近道になります。Virtusizeでは、過去何年にもわたり、数百ブランドの購入・フィッティングデータを蓄積してきました。それにより、精度の高い、拡張性のあるモデルを構築できるようになっています。ゼロから始める企業がこれを再現するには、相当な年月がかかるでしょう。
Virtusizeの最新AI開発について
Q:現在、VirtusizeではAIや機械学習においてどのような開発に注力していますか?
アーロン: 私たちが目指しているのは、「オンラインショッピングを、可能な限り実店舗に近づけること」です。これまでもサイズレコメンド機能は提供してきましたが、もっと深いレベルでの体験を目指しています。
例えば、単に「あなたはMサイズです」と表示するだけでなく、「このシャツは肩が少しタイトで、胸元はゆったりしています」といった、より具体的なフィット感を可視化できるようになりました。まるで実際に試着して、「これ、ちょうどいい」と感じるような体験を再現することがゴールです。
最近では、機械学習を活用して、体型データとフィット感の好みを両立させる新しいフィット・ロジックを導入しました。従来のモデルでも体型データを元にしたレコメンドはある程度できていましたが、今回のアップデートでは長年の購買データを学習させることで、「良いフィット感」とは何かを理解できるようにしました。カテゴリやブランド、スタイルによって「良いフィット感」は異なるため、実際の購買行動や着用感に即した、より柔軟でリアルなアプローチとなっています。
その結果、A/Bテストではサイズレコメンドの精度が25〜40%向上しました。これは、より多くのユーザーが自信を持って購入でき、返品も減るという意味で、大きな前進です。
そして何より、こうした成果はすべて「しっかりしたデータ基盤」があったからこそ実現できたものです。
Eコマース担当者へのアドバイス
Q:AI導入を検討しているEコマース担当者に向けて、実践的なアドバイスはありますか?
アーロン: まず、「AIがすべてを解決してくれる」という幻想は捨てること。AIはあくまでツールです。最初にやるべきは、「自社が抱えている課題は何か」を明確にすることです。
返品率が高いなら、フィッティングソリューションを検討する。在庫過多や欠品が課題なら、需要予測モデルを検討する。エンゲージメントが低いなら、パーソナライズの強化が必要です。
次に「自社で構築するか、外部と連携するか」の判断です。自社開発は、専任チームと長期投資が前提になります。多くの企業にとっては、すでに実績とデータを持つパートナーと協力する方が現実的でしょう。
また、導入効果を測るための「成功指標(KPI)」を明確に設定することも重要です。単に「AIを導入した」では不十分で、「返品率が10%減少したか?」「コンバージョンが5%向上したか?」「スタッフの作業時間が週何時間削減されたか?」といった具体的な数値で評価すべきです。
最後に、「懐疑的でありながら、好奇心を持つこと」です。AI業界には誇大なマーケティングも多いです。「すべてを解決できる」と謳う製品は、たいてい現実的ではありません。本当に良いパートナーは、制限やトレードオフを正直に説明してくれます。
今後への期待
Q:ファッションEコマースにおけるAIの未来について、どんなことに期待していますか?
アーロン: 一番ワクワクするのは、「まだ見えていない未来」です。毎週のように新しい技術やアーキテクチャが登場し、その中のいくつかはブームで終わりますが、中には大きな転換点となる技術もあります。
ファッション小売は、ようやく十分なデータが蓄積された業界になりました。これにより、他業界からの知見を応用するフェーズに入っています。たとえば、物流業界の予測手法や、メディア業界のパーソナライズ戦略など。
今こそ、こうしたアイデアをファッション業界に合わせて実用化できるフェーズです。大事なのは、見た目の派手さではなく、実際の課題をどれだけ解決できるか。返品削減、コンバージョン向上、購買体験の改善—それらを着実に実現するAIこそ、最も価値があります。
最後に:今すぐ始められるステップ
Eコマース担当者として「AIをどう活用すべきか」迷っているなら、以下の実践ステップから始めてみてください。
1. 課題を棚卸しする
- 返品が課題なら → フィッティングソリューションを検討
- 在庫の最適化が課題なら → 需要予測モデルを活用
- 顧客エンゲージメントが低いなら → パーソナライズを強化
2. データの状態を評価する
- クリーンで一元化されたデータはあるか?
- すぐにアクセス・活用可能か?
→ 整っていないなら、まずはここから着手する
3. 小さく始めて効果測定する
- 1つのユースケースに絞る
- 明確な成果指標を設定(例:返品率10%削減、CVR5%向上など)
4. 構築より購入を優先
- 実績ある外部パートナーと組む方が効果的
- 内製は、長期投資の覚悟がある場合のみ
5. 懐疑的でありながら、柔軟に実験する
- 「何でも解決できる」といった誇大広告は避ける
- 小さく始めて、測定し、成果が出たら拡張
まとめ
AIは万能ではありませんが、非常に強力なツールです。ファッションEコマースにおいては、「パーソナライズ」と「業務効率化」の両輪を、しっかりとしたデータ基盤の上に構築することが成功の鍵となります。
アーロンが語ったように、「小さく始めて、実用的に、そして顧客とビジネスの双方に対して“測れる価値”を届けること」が、AI活用の最善のアプローチです。

Virtusize データサイエンス部門責任者アーロン・リッチーとの対談
人工知能(AI)はあらゆる業界に変革をもたらしていますが、ファッションEコマースにおいては特に重要な意味を持ちます。書籍や家電と違い、衣類には「フィット感」「着心地」「スタイルへの適合」といった繊細な要素が求められます。これらを正確に提供できるかどうかが、リピーターの獲得と返品コストの差につながるのです。
今回は、Virtusizeのデータサイエンス責任者であるアーロン・リッチーに、AIがファッション業界にもたらす変化や、Eコマース事業者にとっての最大のチャンスと落とし穴についてインタビューしました。
EコマースにおけるAIの台頭
Q:AIの進化は、Eコマース全体にどのような影響を与えていると思いますか?
アーロン: EコマースにおけるAIの進化は、他業界と同様の流れを辿っています。初期の段階では、需要予測や倉庫の最適化、人員配置の効率化など、オペレーションに特化した機械学習が主でした。こうしたモデルにより、企業はより精度の高い計画が立てられるようになり、コスト削減や非効率の発見が可能になりました。
最近ではChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)の登場により、状況が大きく変わっています。予測だけでなく、人と対話し、文章を生成し、思考を模倣するようなツールが登場したことで、業務自動化やパーソナライズされたマーケティングコピーの生成など、新たな可能性が一気に広がりました。
ただし、LLMは「汎用性が高い反面、専門性に欠ける」のが課題です。いわば万能ナイフのようなもので、何でもできるけど、何かに特化させるには追加のインフラが必要です。そのインフラはコストもかかりますし、ノウハウも時間も必要です。
つまり、企業が考えるべきは「AIを導入すべきか」ではなく、「どこでAIが本当に価値を発揮するのか、そして自社にどう最適化するか」だと思います。
ファッションEコマースにおけるチャンス
Q:ファッションEコマースにおいて、AIが最も力を発揮できるのはどこでしょうか?
アーロン: ファッションEコマースには、実店舗とオンラインの体験のギャップを埋めるという特有の課題があります。実店舗なら、Tシャツを手に取り、試着して、自信を持って購入を決断できます。でもオンラインではその体験がないため、返品が多くなり、購入を躊躇するユーザーも多い。
そこで登場するのが、私たちVirtusizeのようなデジタル試着ソリューションです。ただし、それだけでは終わりではありません。消費者一人ひとりに合った「パーソナライズ」が鍵になります。
適切なAIモデルがあれば、単なる「Mサイズです」ではなく、「このシャツは肩はややフィット感があり、胸周りはゆとりがあります」といった具体的なフィードバックが可能になります。こうしたインサイトが、ユーザーの購買への自信を高め、実店舗に近いショッピング体験を実現するのです。
汎用AIツールでも、黒いジーンズを買った人に黒系の商品をおすすめするといった簡単なパーソナライズはできます。でもファッションはもっと繊細です。汎用AIを無理やり適用すると、処理コストはかかるし、精度も安定せず、結果的に的外れな提案になりがちです。
リアルな購買データとユーザーの好みに基づいたファッション特化型モデルこそが、最大の価値を生み出す場所です。
試着の先にあるパーソナライズと顧客体験
Q:フィッティング以外で、AIはファッションEコマースにどう活用できるでしょうか?
アーロン: パーソナライズには、まだ大きな伸びしろがあります。現在、多くのブランドは自社サイト内での顧客行動しか把握できていません。でも消費者はブランドの垣根を越えてショッピングしますよね。ジャケットはA社、シャツはB社、ジーンズはC社…といった具合に。
実店舗では、優れた販売員がそのコンテクストを理解して接客します。ジャケットを3着持っているお客さんに、さらにジャケットをすすめることはしません。代わりにパンツやインナーを提案します。オンラインではこの“文脈”が抜け落ちてしまっているのです。
AIは、まさにそのギャップを埋めるための鍵になります。
異なるサイトをまたいだ購買行動や好みを推測するツール。たとえば、ボタン付きシャツが好きな顧客には、それをトップに表示する仕組み。特定の色やシルエットに対する好みを検出して、それに合わせた商品ラインアップを提案するなど。
現在は一部のブランドがチャットボットや簡易的なレコメンドを試していますが、本格的に外部データまで取り込んでいる企業はほとんどありません。プライバシーの問題もありますが、それ以上に技術的なハードルが高いのが現状です。
とはいえ、将来的にはこうした“横断的・文脈的なパーソナライズ”が主流になっていくと確信しています。
内部効率化:地味だがインパクトの大きいAI活用領域
Q:顧客体験以外で、Eコマース事業者にとってAIが貢献できる内部活用の領域はありますか?
アーロン: 実は、最もビジネスインパクトが大きいのは内部効率化かもしれません。需要予測はその代表例です。たとえば、東京とロンドンで何枚のTシャツを用意すべきかを正確に予測できれば、在庫切れも余剰在庫も避けられます。これは非常に大きなコスト削減につながります。
他にも物流のルート最適化や、スタッフのシフト管理といった分野でAIは大いに役立ちます。CRMの分野でも、AIが顧客データの中から人間には気づきにくいパターンを見つけ出してくれます。
ただ、こうした活用例はあまり話題になりません。人々はチャットボットや派手なLLMに注目しがちですが、ROI(投資対効果)で見れば、社内システムの最適化も同じくらい、あるいはそれ以上に重要です。
顧客向けのAIばかりに目を向け、社内の効率化を後回しにしてしまうと、AIの本来の価値を半分しか引き出せていないことになります。
データの壁
Q:AIに興味はあるが「データが整っていない」と感じている企業も多いと思います。どのように考えるべきでしょうか?
アーロン: データは全ての基盤です。クリーンで一元化され、信頼できるデータがなければ、AIはうまく機能しません。AIは家具やインテリアのようなもの。家の基礎がしっかりしていなければ、いくら装飾しても崩れてしまいます。
多くの企業は、データの整備をしないままAI導入に進んでしまいがちです。システムがバラバラで、重複データがあったり、古いDBを使っていたりするケースも多い。その結果、AIが期待通りに機能せず、コストだけがかかってしまうのです。
まず自問すべきは、「自社には信頼できる“唯一のデータソース”があるか?」「そのデータはクリーンか?」「すぐにアクセスできるか?」という点です。
答えがNOなら、AI導入よりもまずデータ基盤の整備を優先すべきです。
一部の企業にとっては、既にクリーンで大規模なデータセットを持つ外部パートナーと連携するのが近道になります。Virtusizeでは、過去何年にもわたり、数百ブランドの購入・フィッティングデータを蓄積してきました。それにより、精度の高い、拡張性のあるモデルを構築できるようになっています。ゼロから始める企業がこれを再現するには、相当な年月がかかるでしょう。
Virtusizeの最新AI開発について
Q:現在、VirtusizeではAIや機械学習においてどのような開発に注力していますか?
アーロン: 私たちが目指しているのは、「オンラインショッピングを、可能な限り実店舗に近づけること」です。これまでもサイズレコメンド機能は提供してきましたが、もっと深いレベルでの体験を目指しています。
例えば、単に「あなたはMサイズです」と表示するだけでなく、「このシャツは肩が少しタイトで、胸元はゆったりしています」といった、より具体的なフィット感を可視化できるようになりました。まるで実際に試着して、「これ、ちょうどいい」と感じるような体験を再現することがゴールです。
最近では、機械学習を活用して、体型データとフィット感の好みを両立させる新しいフィット・ロジックを導入しました。従来のモデルでも体型データを元にしたレコメンドはある程度できていましたが、今回のアップデートでは長年の購買データを学習させることで、「良いフィット感」とは何かを理解できるようにしました。カテゴリやブランド、スタイルによって「良いフィット感」は異なるため、実際の購買行動や着用感に即した、より柔軟でリアルなアプローチとなっています。
その結果、A/Bテストではサイズレコメンドの精度が25〜40%向上しました。これは、より多くのユーザーが自信を持って購入でき、返品も減るという意味で、大きな前進です。
そして何より、こうした成果はすべて「しっかりしたデータ基盤」があったからこそ実現できたものです。
Eコマース担当者へのアドバイス
Q:AI導入を検討しているEコマース担当者に向けて、実践的なアドバイスはありますか?
アーロン: まず、「AIがすべてを解決してくれる」という幻想は捨てること。AIはあくまでツールです。最初にやるべきは、「自社が抱えている課題は何か」を明確にすることです。
返品率が高いなら、フィッティングソリューションを検討する。在庫過多や欠品が課題なら、需要予測モデルを検討する。エンゲージメントが低いなら、パーソナライズの強化が必要です。
次に「自社で構築するか、外部と連携するか」の判断です。自社開発は、専任チームと長期投資が前提になります。多くの企業にとっては、すでに実績とデータを持つパートナーと協力する方が現実的でしょう。
また、導入効果を測るための「成功指標(KPI)」を明確に設定することも重要です。単に「AIを導入した」では不十分で、「返品率が10%減少したか?」「コンバージョンが5%向上したか?」「スタッフの作業時間が週何時間削減されたか?」といった具体的な数値で評価すべきです。
最後に、「懐疑的でありながら、好奇心を持つこと」です。AI業界には誇大なマーケティングも多いです。「すべてを解決できる」と謳う製品は、たいてい現実的ではありません。本当に良いパートナーは、制限やトレードオフを正直に説明してくれます。
今後への期待
Q:ファッションEコマースにおけるAIの未来について、どんなことに期待していますか?
アーロン: 一番ワクワクするのは、「まだ見えていない未来」です。毎週のように新しい技術やアーキテクチャが登場し、その中のいくつかはブームで終わりますが、中には大きな転換点となる技術もあります。
ファッション小売は、ようやく十分なデータが蓄積された業界になりました。これにより、他業界からの知見を応用するフェーズに入っています。たとえば、物流業界の予測手法や、メディア業界のパーソナライズ戦略など。
今こそ、こうしたアイデアをファッション業界に合わせて実用化できるフェーズです。大事なのは、見た目の派手さではなく、実際の課題をどれだけ解決できるか。返品削減、コンバージョン向上、購買体験の改善—それらを着実に実現するAIこそ、最も価値があります。
最後に:今すぐ始められるステップ
Eコマース担当者として「AIをどう活用すべきか」迷っているなら、以下の実践ステップから始めてみてください。
1. 課題を棚卸しする
- 返品が課題なら → フィッティングソリューションを検討
- 在庫の最適化が課題なら → 需要予測モデルを活用
- 顧客エンゲージメントが低いなら → パーソナライズを強化
2. データの状態を評価する
- クリーンで一元化されたデータはあるか?
- すぐにアクセス・活用可能か?
→ 整っていないなら、まずはここから着手する
3. 小さく始めて効果測定する
- 1つのユースケースに絞る
- 明確な成果指標を設定(例:返品率10%削減、CVR5%向上など)
4. 構築より購入を優先
- 実績ある外部パートナーと組む方が効果的
- 内製は、長期投資の覚悟がある場合のみ
5. 懐疑的でありながら、柔軟に実験する
- 「何でも解決できる」といった誇大広告は避ける
- 小さく始めて、測定し、成果が出たら拡張
まとめ
AIは万能ではありませんが、非常に強力なツールです。ファッションEコマースにおいては、「パーソナライズ」と「業務効率化」の両輪を、しっかりとしたデータ基盤の上に構築することが成功の鍵となります。
アーロンが語ったように、「小さく始めて、実用的に、そして顧客とビジネスの双方に対して“測れる価値”を届けること」が、AI活用の最善のアプローチです。